左手の小窓からは明るい日射しが入り込む。どこまでも続く殺風景なシベリアの雪原と、定規で引いたような真っ直ぐな道。その景色をさえぎるように生えた翼は、まったく静止したままフライトが安定していることを示している。ブリュッセル行き、サベナエアラインの機内。
昨年(1991)10月下旬、アランスェターを注文するために出向いた、大阪ヒルトンホテルで催されたアイルランドミッションにて。ひょんなことからアイルランドへ渡る話が湧いてきた。数年前から望んでいたアランスェターの生まれ故郷へ、そのルーツを辿ろうというのである。
アイルランド共和国が政府をあげて推す展示会「ショウケース」が、運良くダブリンの街で開かれると知り、急遽、アイルランド行きが決まったのだ。
正月気分も抜けやらぬ1月下旬のこと。
北半球の北部に位置するアイルランドの、よりにもよって最も寒く厳しいシーズンに訪問することになった訳だが、その修羅場で生れ育まれたアランスェターの糸を辿るには、一番相応しい時期かも知れない。
また激しい変化を嫌う英国人の文化に接するのならことさらに興味深い時節でもある。 アイルランドは欧州最西端。
ロンドンはともかく、アラン諸島の寒さは洒落ではない、と我々を誘ったアイリッシュが言う。「そんな羽布団みたいな...」と嘲られながらも、グースダウンがたっぷり詰まったダッフルコートを用意し、旅支度を整えた。
全日空と提携しているベルギー国籍のサベナエアラインズは、モスクワでトランジット。それから一旦ベルギーへ降り、次ぎにアイルランド国籍のエアリンガルに乗換え、最初の目的地ダブリンへ入る。
オランダ訛りのどこか滑稽な英語でブリュッセル到着のアナウンスがあり、我々の乗ったボーイングはゆっくり降下を始めた。まるで変化の無い単調な景色に退屈していたときだった。
生クリームのような厚い雲が埋め尽くした窓に変化を感じ、咄嗟に首を傾けた。そこは童話にも出てくるようなファンタジーワールド...夕暮れも間近に黄昏れる、美しいブリュッセルの街並が広がっていた。規則正しく立ち並ぶ柔らかいオレンジ色の街灯、煉瓦造りの低い建物、下劣なネオンサインの無い風景とは、こんなにも秀麗なものなのか。
飛行機はその街並を見せつけ、そろりと着陸した。
ブリュッセル空港では、乗換えのために2時間の暇潰し。
この国の貨幣はまったく持っていないが、しかし珈琲は飲みたい。空港内の店ではトラベラーズチェックも受付けないと無下に断られ、万策に尽きたか...と思案した果てに良いことを思い付いた。世界のVISカードである。
してやったり、円に換算すると僅か数百円の珈琲を堂々と飲み下してやった。
カードたるや偉大なのである。
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