アラン探訪 そして英国へ

アラン探訪 そして英国へ 8
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第2章 岩と風が司るアラン諸島
アランよ、それでもお前はここで生さるのか

 一夜が明けた午前9時。やや遅めの朝食を摂る。昨夜の雨はあがっていた。きょうの予定は隣りのイニシア島へ移動し、その島のアランニッターと逢う。
 相変わらず頼りないエアアランで空路にて辿り着いたイニシア島は、アイルランドの各地からサマーリゾートとして人々が訪れる、いくらか近代化した島である。とはいっても、それはあくまで比較論に過ぎず、石積みのいまにも崩れそうな家々が少し新しい程度の、やはり酷く素朴な島だ。 心も暖まる暖炉の炎
 空港から遠くない本日のB&Bは同じように民家だが、部屋数は多く、一応のホテルらしき設備を整えた快適な宿だ。その場任せで決まった部屋は、元々は夫婦の寝室だったらしく、分厚いカーテンにダブルサイズのベッド、ドレッサーと二つのソファ、それからロウテーブルの側には暖かい炎が揺らぐ暖炉があった。
 リビングに集まりミーティングを終え、またしても歩く。考えてみれば他にすることがないのが、小さいとはいえ島を半周すると相当な距離になる。
 避暑地的な性格を持ったイニシア島には、全長が300メートルほどの海水浴場、キャンプサイト、土産店、古い城跡などもあった。が、1月下旬のこの地に来る物好きな観光者などいるはずもなく、どこもみな閉店、閉鎖状態である。

 左のご婦人(2人)がニッターです。そぞろ歩いて、アランニッターの家を訪れた。
 昨日のイニシュマン島でも面会したニッターもそうだったように、数少ないニッターはみな老人で、その生産体制は家内工業以下でしかない。
 「気が向いたとき、こうして、ここの暖炉の前に座って編むんだよ」と、同伴したローリーの翻訳がなければ解らないゲール語で彼女は話す。編み続けるその老婆の手は、まるで機械のように正確、かつ素早く動いている。
 「後継者は?」という我々の問いに対して、「私が編むから大丈夫だ」と、同席した40年配のご婦人が笑顔で答えた。
 アラン諸島で編まれたスェターを「リアルアラン」と呼ぶ。グレイシープの羊毛を使ったベーシュ色のスェターがイニシュマン島で、ミルク色の白いものがイニシア島で、それぞれ編まれる貴重なニットである。それは編み棒を持った本人の手で、タッグに記されている。

 翌日。
 離島の生活でも欠かさないアイリッシュブレックファストを摂り、宿を払う支度を整える。本土から迎えにくるエアアランの到着を待つばかりだ。ところがゴルヴェイ空港は酷い霧に包まれ、飛行機の離着陸が出来ない、と連絡が入った。
 きょうはイニシア島からゴルヴェイの街へ戻り、一路ダブリンまで帰って、一気にロンドン入りをする予定なのである。
 一同はB&Bのリビングでローリーにティなどを入れさせ、「やっぱり霧には勝てないね〜」と、暢気に昼下がりのアフタヌーンティにひとときを費やしていた。 アフタヌーンティ...おいおい
 陽は高く上がり、午後2時。ロンドンへ飛ぶダブリン空港のフライト時刻は午後4時55分。ゴルヴェイ〜ダブリンはクルマで3時間はかかる。これはいよいよ雲行きが怪しい...。

 まんじりともせず待ちわびていた迎えの飛行機が、ようやく島の小さな空港に到着。大慌てで搭乗手続きに移るが、ここまで来てまたしても重量測定大会が始まるではないか。いい加減にしろと怒鳴りたくもなるが、まあ、仕方ない。
 双発機はゴルヴェイ空港に着陸。直後、エアアランのチャーターバスは我々7人を乗せ、荷物を預けたパークレイコートホテルに向かって飛び出した。スピード違反どころの騒ぎではない。霧に閉ざされた視界の悪い道を飛ばしに飛ばし、バスはホテルに滑り込む。
 ポケットからワシ掴みに出したチップをポーターへ押しつけ、再びバスへ飛び乗り空港へ。重い荷物を担ぎ、走り込んだ6人をまとめてチェックイン、搭乗ゲートまで一緒に走り見送ってくれたローリーと堅い握手をかわし、機内へ駆け込んだ。
 6人分の空いている座席に腰を下ろし、僅か数十秒後にブリティッシュミドランドのDC9は動き出した。
 激しい心臓の動悸もおさまり、上品な英国人スチュワーデスが持ってきてくれたワインを飲み干したころ、遠くにロンドンの灯りが見えてきた。

 アラン諸島を訪ねて。
 ケルト民族の人間性、島の気侯風土、そして歴史。何故アランスェターがここで生まれ、いまなお生き続けてているのか。
 その答えは、アランそのものが教えてくれた。商業的な単なるヒストリーや品質だけではない、こうしている現在も、急ぐことなく少しずつ時を積み重ねている島と、そこに暮らす人々。
 何もかもが豊富に溢れ、ぬるま湯のような我々日本人とは、あらゆる点において、もはや正反対と感じられる。そして、豊になったが故に失ってしまった全てが、ここには存在するような思いがした。
 「アランスェターは、お洒落なあなたに...」など、とても言えない。なぜなら、それは生抜くための糧として培われたアランの生きざまなのだから。
 無責任ではあるが、できることなら、ここアランだけは無闇に変わることなくそっとしておきたいものだと思う。街灯のないイニシア島のパブからの帰り道、浴びるほどの星の中に見たオリオン座は、日本で見るそれより大きく強く、純粋に光っているようにも見えた。
アランよ、永遠なれ...



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