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インターネット再考


 このところ、どうにもやたらと忙しい。いや、左様に言ってしまっては心ないので次のようにボヤこう。放蕩する時間がまるで無い!。この不景気に暇無しの商売人とは考えてみれば有り難いことこの上ないのであるが、しかし、知己とゆっくり語り合う時間は極めて少ないのである。おおいに不満だ。
 おおよそ一年前。それまでの旧式ノートパソコンに代わり、NEC製の汎用デスクトップ型パソコンを手に入れた。興味津々、インターネットを覗いてやろうという魂胆だった。
 むろん仕事に活用する機会は多い。
 俗称、人間ヘルプ...プログラマーを生業にする友人の助けを借りて様々な操作を会得し、毎月制作している新聞(すなわちコレです)の版下など、Windowsを起動しない日はない。それどころか、グラフィックに特化した改造を重ね、なんともいびつなマシンに変わってしまったバリュースターではある。
 さて、スケベ根性満載で始めたインターネット。
 早々と導いた結論は、目的以外にホームページを見る必要はない、というものであった。いまだ感想に違いはないのだけれども、電子メールの至便なことには甚だ驚いている。 ワークスペース...乱れてますね(トホホ)。
 携帯電話がもてはやされる近年にあって、相手の都合を妨げない電子メールは、かつての手紙にも準ずる分別と礼節を持った通信手段である。緊急な所用に対処できるケイタイの利点と比べると、対照的に位置する現代のメディアといえよう。20世紀の終わりに、かような両極のコミニュケイション手段が生まれたことは、なにか混沌とした世相を象徴しているようで面白い...(どうやら、話題が脱線してしまった)。
 インターネット人口は昨年の一年間で倍加したと聞き、今年、さらに倍増ペースで広がり続けていると言う。事実、デオデオ岩国店などのパソコン売場には、たくさんの新ユーザーがお目当てのパソコンの物色に訪れているし、新しく業務を開始したプロバイダー(いわば接続業者)も数多い。
 かかる昨今。電子メールは、しかように多忙な毎日が続く生活サイクルの中で、重要なインターフェイスになりつつある。
 友人の多くがインターネット環境を持つようになったことは大きな背景だけれど、無沙汰を通してきた仲間と日常的に会話ができるのである。さらにはインターネットを通じて、個人的な道楽が世の役に立つケースも少なくなく、新たな仕事を得ることもあった。
 まだある。本業の洋服に関するみなさんからの質問や、たとえば靴の手入れ方法など、電話をかけるほど逼迫していないが訊きたい事柄を、対話をしながら説くことができる。写真や絵などの画像、いや必要なら音楽さえ送ることが可能なのだ。コンピュータで加工できる素材は、すべて一台のデスクトップで完結する。もちろん「FUJITA」のノウハウを集積したホームページの開設も視野に入っている。
 そしてそれらは、すべて在宅にて、時間の制約を受けることなく素早く叶うのだ。なんという偉大な通信機器だろう。
 「コンピュータはね、非常に便利で高度な文房具なんだと思います」
 人間ヘルプの一人がそう教えてくれた。
 あと24ヶ月も経たないうちに21世紀はやってくる。いまどきの小中学生は当然のようにしてコンピュータに触れているらしい。もしかすると現在、想像もできないほど大きく時代が動こうとしているのかも知れない。
 あれから一年。伸るか反るか、インターネット再考。




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