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未来


 総理大臣はこのところ、口を開けば「IT」と言う。来年度の予算編成の中でIT関連事業、あるいは省庁へ対して巨額の予算を投入し、否が応でも日本の情報通信技術の底上げを図ろう、と画策している。
 インターネットは急速なインフラの整備を追い風に、猫の目のような目まぐるしい進化を遂げ、もはや何を選んでパソコンをWEBへ繋げば良いのか...その判断さえ容易ではない。
 岩国というローカル都市にインターネットプロバイダーは、なぜか多すぎるほど存在する。岩国のインターネット人口は平均値よりも少ないと噂されるにもかかわらず、そうなのだ。むろん、将来を見越した業者の戦略があってこそ投資を惜しまずアクセスポイントを設置するのであろうけれども、未来のインターネットがどのようになっているのか、毎日毎晩WEBへ接続しているインターネットフェチでも、見通すことができない。
 それほど急速な発展なのである。
 さらには次世代の通信手段が岩国へも間もなく整備される。各地で先行しているNTTのフレッツISDNを筆頭に、岩国では、間もなくプロバイディングを始めるケーブル高速通信網ICAN(アイキャン)が目玉になるだろう。さらには巻き返しを図るNTTはADSL、あるいはSDSLという名称で、更なる高速通信サービスを開始する様相の昨今だ。
 近未来のヴィジョンでは、衛星インターネットさえ言われ、いったい何がどうなっているのやら、まこと脳味噌がハングアップしてしまいそうな混沌としたインフラ合戦ではないか。

Windows95  そして、左様な進化を見越したベンチャー・ビジネスは、これまた時代のサクセサーを目指し、遍く分野で企画を練りWEB界へ切り込もうとしている。それがここ1年ほど、つとに目立つのである。
 商店街WEBの管理者宛てに送られてくる仕組み屋からのメールは枚挙に暇がない。ここへ登録せよ、こんな案内は如何か、今回限り無料サービス、いまがチャンス----と、WEBサービスのオンパレード。こうまで連発されたら、ヴィジョンもプランも持たずして、とりあえず何かに加入しておかなければならない強迫観念にさえ襲われる。
 余談であるが先日。とあるベンチャービジネスの営業担当の女性が曰く「いま、このウェブまりふは死んでいます。私はそれが惜しくて仕方ない...私の奨めるシステムに乗ってください、必ず...」と、駅前の喫茶店で口説かれた。思い余って口を衝いて出たには違いないだろうけれども(<なんたる言い草!・・・まぁ、無礼の談は捨て置くとして)、そうまでして我がビジネスを推進しようという画策が渦巻いているのだ。

 インターネットの内側から世間を観ると、やはり時代の流れに乗り遅れまいと必死にしがみつきたくなる。そんな思いがあるからこそ、あくなき向上があることは承知。しかし、では5年前はどうだったか。いや、10年前は?
 少なくともWindows95が世にデビューする以前のコンピュータ通信は、とても狭いネットワークでしかなかった。そのころ「NiftyServe」のフォーラムでのんびりと過ごしていたパソコン遊びが、いつの間にか仕事になり、気付いたら昨今。これほど急速な発達を遂げた世界は他に類がない。日本の戦後経済を紐解いても、電気や自動車が世間に与えた影響は大きいけれど、こんなにも短期間で何かが変わったことは無いのだ。
 とある夕刻。
 ウェブまりふでもご周知のsan-aiまつい氏と茶など飲みつつ喫茶店で話していた。別段、悪事の相談ではない。商店街とウェブまりふを如何にして効率的に絡めるか、それでアクセスされる方々にどんな利益が期待できるか、そんな話しをしているときだった。岩国のインターネットについて知る限りのことを喋った後...

 「ほんと、何がどうなるんかワケわからんね」
 「でも、物凄いスピードで変貌しよることは間違いないっすよ」
 「うーん...」
 「何かを直ぐさま始めることはいらんけど、どーなっとるか知っとくことは大事でしょう」

 そこでsan-aiまつい氏。

 「なんか一時のバブル景気みたいじゃね。ネットバブルじゃ」

 まったく、言われてみればその通りだ。
 常識はずれの発達速度、雨後の竹の子ようなベンチャーの誕生、公私入り乱れた先行投資と陣取り合戦、強引とさえ感じられるIT関連の国策。それも大国アメリカが主導で推し進める世界的な情勢と言える。さらに氏の言葉を借りるなら...

 「このままインターネットが肥大化していったら、万が一にもどこかで破綻したらフジタ君、そしたら世界恐慌じゃの」

 笑いながら相づちを打ちつつも、ちょっと背筋が寒くなった。
 インターネットで浮かれるのも良いけれど、己を顧みるなら洋服屋は洋服屋。たった一人のお客様と向かい合い、喜んでいただいてこそ生業。
 いつぞやメールをくださった、とある洋食屋さんの熱心な思い入れ----「お客さんが『美味しかったよん、またくるね〜』とか言って帰ってくださると、やっぱりやってて良かったと思っちゃうんですよね」は、まったく素晴く尊敬に値。こんな時代だからこそ、そんな心を忘れてはならないに違いない。
 温故知新という言葉が、どこか今の時代の中を彷徨っているような気がしてならないのである。





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