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嗚呼、インターネット

 「パソコンと聞いただけで蕁麻疹がでる」とはコンピュータ嫌いの比喩的な常套句であるが、白状すると、目下この稿を執筆していながらに同類であることはちがいない。
 洋服屋はもとより、旧型自動車にテンカラ釣り、果ては麻雀からボーイスカウト、グラフテックデザインに、と我ながら節操のない公私にわたる好奇心ではあるけれど、パソコンという代物だけは自ずと遠避けてきたのである。何故って、どうも椅子に腰掛けたままカチャカチャとボタンを押すだけの所作に悦びを想像しえず、一方ではファッション感覚でモデルチェンジしてゆく不経済極まる新型機種を見ていると、とても手を染める気になどなれなかった。
 ところが、昨今。三流雑誌や折り込みチラシにさえ「ホームページのアドレスは...」と謳ってある。
 フジタとしても無視できないメディアであるし、個人的な興味もないわけではなく、先頃、ついにパソコン落手とあいなった。中古も中古、10年以上も前の旧型ノートパソコンである。尤も、あきらかな物見遊山のインターネット見聞に違いない。
懐かしの98ノート  かくして、モデムは、プロバイダーは、ブラウザーは、と耳慣れないパソコン用語が怒濤のように鼓膜を連打し、このところは、いささか食傷気味でもある。で、肝心のインターネットは如何かといえば、う〜む。右手にマウスを持って「クリック、クリック!」は、確かに愉快といえば愉快。次々と画面に現れる絵や文字も、十数年前に見た「PC−8800」に比べると、石器時代の壁画と最新SFXほどの差異ともいえる進化で、それは甚だ美しい。
 だが、待て。全世界を網羅する様々なインターネットのサイトのほとんどは、つまり数多の情報発信者が「ハイ、どうぞ」と仕立てたものに過ぎず、我々ユーザーは、ただ黙って傍観に尽くすしかないのである。いいかえるなら、莫大な量の雑誌、専門書、広告、ゴシップ、同人誌を、秩序無く立ち読みしているのに変わりないのだ、それも貴重な時間と安くない電話代を費やして。
 インターネットってなんだ。
 それは人造の娯楽か、さもなくば「居ながらにして...」という利便性を追求したホモサピエンスの象徴的なエゴイズムか。
 海を山河を見よ。パソコンやテレビが無くたって、そこに棲む生物は連綿と生を育んでいるではないか。時代の最新メディア、インターネットは、図らずもそんなメンタリズムを喚起させたのであった。
 結論。すなわち、目的をもって接すればインターネットは「無限の扉」として絶大な威力を発揮する。けれども漠然と画面に見入るなら、犬の散歩につきあった方がずっとマシである。バーチャル・なにがしに現(うつつ)を抜かしている暇があったら、労を厭わず経験することが先決なのだ。わっはっはっ。
 ...と高笑いを上げつつホームページを開設した。面白いか否か、さて。




* 嗚呼、インターネット *