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視力に乏しい日常生活は、馴れたとはいえ煩わしことに違いない。スポーツが然り、激しく体を動かす際に邪魔なことこの上ないのではあるが、先が見えないでは、事態はさらに侭ならない。思えば、眼鏡を使い始めて20年ほどが経った。
コンタクトレンズの利便性が言われて久しく、多聞に漏れず使ってみたのだけれども、これがなかなか馴染まない代物であり、1年ほどの間に敢え無く諦めるに至った。
何故って、眼に砂埃なんぞが乱入した際の苦悩はまったく筆舌に難い。さきごろ、某バイパス道にて、砂利運搬中のトラックを追い抜かんとした折り、両眼に入ったゴミが容赦なく涙を絞り出すのである。それはもう危険極まる状態で、わがMGBの屋根のない車体形状を恨むばかりであった。
さて、そこへいくと眼鏡なる生活道具。
眠っているか、入浴するか、それ以外は必ずやかけているワケで、どこぞのキャッチコピーが謳った「顔の一部」は、けだし名言と思える。色や形、材質などは、人相や性格さえ確固たるものとして相手に印象を植え付けてしまう。
それほどの影響力を持っている道具なればこそ、いきおい支障のない----さまざまなTPOに対応できる無難なデザインが多く好まれる。いかにして眼鏡の印象を消し去るか、20年の眼鏡歴の中で考えたことが無いと言えば嘘になろう。
しかし、昨今では明らかに異なる様相を示しているのも、また眼鏡という名のファッション小物なのである。
サイケ調、トラディショナルスタイル、クラシックモデル、エクササイズ向き、いやこればかりではなく、眼鏡屋さんに揃えてある眼鏡のデザインは、まさに多種多様。巷には、満足な視力を有する羨ましき方々でも、わざわざ眼鏡をかけている時代なのだ。
なるほど...。なれば生来、眼鏡を必要とする者には一日の長があろうと言うものではないか。思うが早いか、さっそくに眼鏡屋さんへ飛び込んだ。
装いにTPOがあるなら、眼鏡にそれがあっても何ら不思議は無い。スーツを着たとき、冠婚葬祭のとき、デートの時間、休日のだらしない一日、それ相応の眼鏡があれば面白い。単なる視力矯正道具が、気の利いたファッションアクセサリーに成り代わるのである。
色や形は言うに及ばず、フレームの僅かなシェイプの違いで見え方が異なる。タレントの愛用と聞けば、成せぬ願望に詰まらん思いを馳せたりもして、眼鏡選びは進んでゆくのであった。
かくて、春からのカジュアル向けに目的を定め、緑色のセルフレームに白羽の矢を立てた。それまで黒縁一辺倒でクラシックこそ我なり、と自己主張を決め込んでいた頑固な脳味噌にとっては、清水の舞台から飛び降りんばかりの一大決心。こんな色モノ眼鏡なんか、使ったことねーぞ、なのである。
数週間が過ぎた。
ひどくヘンテコに映っていた鏡の中の己の姿だったが、まぁ、一応の親しみは湧いてくるころ。
かかる決心の果てに選択した緑の眼鏡であるからには、自己主張と言いつつも周囲の反響が気になる(悪いか!)。しかし誰も大した評価を与えてくれないので、仕方なくまたぞろ鏡を見つめては、悪くねーよなー、と今度は自己陶酔にうつつを抜かし、慰めるのであった。やれやれ。
己がどんな小心者か、嗚呼、身につまされる緑の眼鏡ではある。情けない。
それにしても面白いですよ、新しい眼鏡選び。眼鏡愛用家の御仁には、おすすめの気分転換です。1万3千円也。
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