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師走ともなると、巷のあちらこちらに賑やかな電飾が灯り、景気のいい音楽が流れ始める。
日頃は仏様を尊ぶ日本人とて、このときばかりは俄クリスチャンとなりすまして愉快に過ごすのである。少なからず異論をあげる向きもあろうことは想像できるけれど、それを争うつもりはない。
”クリスマス屋”という生業(なりわい)がある。
一年中、クリスマスに関わる雑貨を扱っている店で、キリスト教に馴染み深い国ならどんな田舎を訪れても一軒は看板を掲げているという。海外旅行で立ち寄られた人もあられよう・・・。
「来年はやるかどうか判らないよ」と毎年いいながら、連続11回目のクリスマスを、いま迎えようとしている。
12月25日には閉店する潔さがネタになったのか、電波、印刷・・・マスコミの取材の甲斐あって、すっかり一人歩きを始めた、期間限定の『クリスマスハウス アメリカンクラブ』のことだ。
そもそもこの店は、偏った日本のクリスマスの在り方に対する一つのアンチテーゼと思って立ち上げた。欧州や米国のクリスマスを観るにつけ、老若の差なく楽しんでいるのだけれど、少なくとも11年前の身の回りは、子供をあやす口実か、さもなければ酒を浴びて馬鹿騒ぎをするための材料でしかなかった。
その一方では、面白いところが少ないと嘆かれる岩国にあって遠来の人を集めることができるか、という挑戦でもあった。
果たしてその両方の目標は達成したのであるが、予測していなかったエピソードも多く誕生した。それは、例えば...。
クリスマス屋には、毎年この時期ここへ来られる方々の断片的な一面しか知る術がない。小中学生だったその娘さんは、やがて進学し社会に巣立つ。岩国を遠く離れて暮らす人もある。次に再会するのはさらに丸一年を経た後なのだ。
そんな人たちが「私の思い出のお店なんです。また来年もやってくださいね...」と口々に言い残して、いや言葉にせずとも、あの重い緑色のドアを押し開いて出ていくのである、毎年そうして。
クリスマス屋は無闇に話し掛けたりしない。
なぜなら、黙ったままで遠くを見つめるような瞳に映るクリスマスツリーのイルミネイションには、彼女たちの様々な記憶が秘められているように思えるのである。
仕込みにかかる10月の後半からクリスマス屋の体力消耗は激しい。
それを思えば「今年の限りに・・・」と逡巡もするのだが、けれど彼女たちの想いを想像したとき...そう、もしもこの店がなくなったと知らされたときの気持ちを推し量ると、なんとしてでも続けなければならないと奮い立つのである。
誰のものとは問わず、思い出の傍らを背負ったクリスマス屋は、知らぬ間に自身の思い出をも一緒に積み重ねていたのだった。
あと数週間で今年も聖夜はやってくる。
いかようにしてかかる日を迎えるか、他人様のあずかり知るところは何一つ無い。
けれども、貴方の心だけに響く鐘の音はきっとあるだろう。
”メリー・クリスマス!”
* クリスマス屋に思ふ *