しかし4ヶ月ぶりなのである。
だいたい3年おきに何故か休眠するMGBは、激しいランオン(*)の原因がついに掴めないまま一昨年の冬に検査が満了した。
されば、じっくり腰を据えて修理にあたろうと思い立ち、ガレージで工具を振りかざしては資料に目をやって数ヶ月。慢性的な冷却不足と、そして燃料気化の案配がよろしくない。一応の結論を導いて、もくろみを企てては英国の部品屋へいそいそとメールを発射したのであった。
間もなくラジエターとキャブレターが届けられ、まっさらな部品を両の手で撫でてはニヤニヤと薄気味悪く独り笑う日々も束の間。何が災いしたかインターネットの仕事に首まで浸かり...いや、落とし穴へ落下したような有様で、突如に多忙を極める。これは敵わぬ、落ち着いてガレージで過ごす時間など、もはやどこにも無いのだ。
いたしかたなく桜の宵のツーリングを諦め、潮風のシーサイドランを諦め、紅葉に染まるワインディングロードさえ断念。1年間の休眠を決め込んだのであった。だって、アマチュアの道楽者が、小手先の作業で修繕に勤しんだって、うまく直せるワケがない。いや、同じ手当を施すのなら、頭の先から足の先まで、どっぷりとMGBに浸して愉しみたい・・・それがアマチュアリズムというものだ。
かくしてガレージのシャッターは閉ざされた。
さほど広くないスペースには、みるみる内に様々のモノが置かれ、MGBの前後を埋め尽くす。自転車、バイクのマフラー、使わなくなった箪笥、燃えないゴミ、空の一升瓶、雑誌・・・ミジメなMGBを見るのも辛い。
それでも4週間に一度はエンジンをかけ、機関内部の潤滑だけは欠かさぬよう気遣う。なにしろ鉄の塊である。錆てしまっては元も子もない。長時間の運転でない故、ランオンの症状はさほど酷くはなく、どんなに寒い時期でもチョークさえ巧く絞っていれば、ほぼ一発で始動。まことに案配がよろしい。
しばしの暖気を終えて、頼りないイグニションキーを抜き、ヘッドライト近くのふくよかな丸みを手で撫でて『もう少し待ってろよ』と、心の中で呟く。そうして再びコットンのカバーでクルマを覆い、シャッターはまた閉まる。
猟犬に「WAIT!」と号令をかけたまま主人がどこかへ行ってしまったようなものだ。
それでもMGBは黙ってガレージでじっとしたまま動かない(勝手に動いたら怖い)。
そして冬。
いよいよ主は多忙を極めた。平均睡眠が3時間というような暮らしでは、とてもガレージへ顔を出す時間などあろうはずもなく、まったく無視。エンジンをかけることも、いやカバーを取り去ることさえ出来なくなってしまう。
買いそろえた部品も仕事場の傍らで邪魔な置物にしかなっていない。
一年が明けた。
相変わらず昼夜を問わない大晦日から元旦を過ごし、ようやく冬の休暇である。
ガレージへ...。
シャッターを開けると埃っぽい空気が立ちこめていた。MGBの住処を侵食したモノを一つずつ除ける。白いコットンのカバーは薄らと灰色を帯びて、静止したままの時が過ぎたことを思わせる。
『かかるかな?...クラッチは?』
放置しておいたクルマが苛まれる様々な症状が頭をよぎる。
ハンドブレーキが解放してあることを確認し、タイアの輪留めを外して、右手をハンドルに、左手を座席後ろのエクステンションバー(*)へ。
「いっせーのっ!」
満身創痍でクルマを押して、ガレージから出してやった。
そうして運転席に座ってみた。
MGBで駆ったあらゆるシーンが追憶の中から湧いてきた。
ヘルメットにレーシングシューズでサーキットが、役に立たぬ屋根を着けて雹と雪の混じる海岸線が、椛(もみじ)の中で夕陽に染め上げられた濃紺の車体が、桜吹雪に嬉々として駆けめぐった街道が、古びたフロントガラスの向こう側に浮かんできた。
「よっ、久しぶりだな、相棒!」
ハンドルを握って、思わず声をかけた。
さて、エンジンはかかるのだろうか。まったく無視したままの4ヶ月・・・バチが当たったって仕方ない。
そう思いながらスターターを回してみると、嗚呼無惨。極寒の朝のこととは言え、燃料ポンプは動くもクランキングは不能。仕方なくブースターケーブルを持ち出し、現役自動車の助けを借りることにあいなった。
それでも2〜3回のクランキングで、エンジンは元気に始動。油温、油圧、水温、マニホールドの真空圧、いずれも正常である。この様子なら、すぐにでも発進可能。
しかし、検査が無いでは公道へ乗り出すことも叶わず、ガレージから敷地内の50メートル足らずを進んでは、後退。燃料タンクの中を攪拌する目的で、前進後退を繰り返す。さらには空気の抜けたタイアに手漕ぎポンプで継ぎ足すなど、ま、子供が自転車の練習をしているのと大差ない。
かくてMGBが息を吹き返した。
再び路上で自由に駆け回ることを夢見て、昨年の酷税にも耐えた(それは私だ)。揃えた部品をもう一度揃え直し、作業の手順を確認する。
いつ取りかかってやるか。
MGBは、どこかサッパリした面持ちをして今、ガレージで主を待っている。
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